ベトナムで今、汚職摘発の風が吹き荒れています。
ペトロベトナム建設元会長のチン・スアン・タイン氏が「出頭」したのと同じ7月31日、ハノイで汚職摘発に関する「汚職防止中央指導委員会」(Central Steering Committee for Anti-Corruption)の第12回会議が、ベトナム共産党の最高指導者であるグエン・フー・チョン(Nguyễn Phú Trọng)書記長によって開催されていました。
タイン氏はいわばその人身御供、と言うと語弊があるかもしれませんが、いまベトナムで吹き荒れている汚職摘発の最重要ターゲットが「ペトロベトナム」と「ペトロベトナム建設」であることから、何が何でも身柄を押さえたかったのだと考えられます。
もちろん、ベトナム政府の基本政策として、汚職摘発の推進は確固たる地位を占めていることは間違いありません。例えば、2011年1月の 第11回共産党全国党大会で承認された「2011〜2020年社会経済開発戦略」は、次のように規定しています。
- 汚職や浪費の防止・排除の促進
汚職や浪費の防止・排除を断固として効果的に実施することは、共産党と国家の建設にとって重要で緊急で長期的な課題である。法律と管理体制を完成し、公務員の人格を向上させる。民主主義、透明化を実施し、監視活動を強化し、国民が国家の資産と予算の使用を監査できるように監査制度を作る。専門機関の能力を向上させ、汚職と浪費の行為を厳しく処罰し、国家の経済発展に応じて公務員の給与制度を改革する。汚職と浪費の摘発・防止におけるベトナム祖国戦線、各団体、国民、マスコミの役割を発揮する。
同じ社会主義国家である中国と同様に、汚職は人民の支持を失わせ共産党の支配を揺るがすことになりかねませんので、汚職摘発は、社会主義国家にとってプライオリティーが高い政策です。
しかし、今回の拉致劇の背景には、そうした一般的な事情とは異なるものが潜んでいると思われます。
それは、昨年のズン首相失脚です(この点についての詳細は別の機会に書きたいと思いますが、権力闘争の一環であるとの視点は極めて重要です)。
いずれにしても今回のベルリン拉致事件、日本ではあまり知られていませんが、現在の腐敗防止に関する国際潮流の中で、極めて重要な事件であると考えられます。
なお、ベトナムの汚職摘発で興味深いのは、収賄罪(刑法279条)や贈賄罪(289条)ではなく、「自己の職務を濫用し経済管理に関する国家規則を故意に侵犯して、重大な被害を引き起こした」(165条)というベトナム版特別背任罪が用いられていること。単に職権を濫用して損害を与えただけでは不十分で、「国家規則の違反」がないといけないという点です。
今回のチン・スアン・タイン氏の摘発に関して、本来使用してはならない公用車向けの「青ナンバープレート」を自分の私用車に装着していたことが喧伝されているのは、そのためでしょう。
ちなみにチン・スアン・タイン氏の車はレクサス(Lexus)の最上位SUVであるLX。ベトナムでのLX570の標準価格は53億5400万ドン(約2590万円)なので、相当な高級車ということになります。ドイモイ政策がもたらした経済成長の影には、圧倒的な経済格差が広がっている現状があります。