今朝の朝日新聞(2012年12月30日)朝刊は1面トップで、日本のパチスロ遊技機メーカー「ユニバーサルエンターテインメント社(UE社)がフィリピンで計画しているカジノリゾート事業に関係してフィリピン政府高官らに接待が繰り返され、FCPA違反の疑いでFBIが捜査を始めた」と報じています。
朝日新聞の記事によれば、
- UE社は、フィリピンにおけるカジノ営業の暫定免許を受け、現在は正式免許の認可待ちだった。
- UE社の接待は、UE社と現在は敵対関係にあるアメリカのウィン・リゾーツ社の調査報告書によって発覚した。
- ウィン社報告書によると、UE社は2008〜2011年にかけて、ラスベガス・マカオにあるウィン社のカジノホテルで、フィリピン娯楽賭博公社の総裁・部長らの宿泊費や遊興費を支払った。
- 接待費は11万ドル(約946万円)にのぼった。
- フィリピン娯楽賭博公社の総裁と部長は朝日新聞の取材に対して、接待を受けた事実を認めた。
- ウィン社報告書は、米国に子会社があるUE社の接待は、FCPAに違反する可能性が高いという。
- FBIが捜査を開始し、複数の関係者がFBIから既に事情を聴かれた。
- 接待問題とは別に、UE社側がフィリピン娯楽賭博公社顧問だった人物に1,500万ドル以上の巨額送金をしていたことが判明し、フィリピン国会が公聴会を断続的に開いている。
- UE社会長も年明けの公聴会に呼ばれる予定である。
- UE社は接待を担当した元同社幹部社員らを相手に、損害賠償を求める民事訴訟を3件、東京地裁に提訴している。
- まず、UE社米国法人の元支社長らに対する訴訟では、同社の香港関連会社を通じて1,000万ドル(約8億6千万円)がフィリピン娯楽賭博公社顧問が経営する英領バージン諸島の会社に送金されたことが争われている。
- 次に、UE社米国法人の元支社長に対する訴訟では、コンサルタント料の名目で500万ドルが海外に不正送金されたことが争われている。朝日新聞が入手したUE社内部資料によれば、送金された日付はUE社の香港関連会社あてに資金が流された日と一致し、翌日にはフィリピン娯楽賭博公社顧問が経営する香港の会社に同額が送金されているという。
- 最後に、接待を担当したUE社の元執行役員に対する訴訟では、ウィン・リゾーツ社の前身企業に出資した9千万ドルが使途不明になっていることが争われている。
とのことです。
この朝日新聞の報道内容が仮に真実であるとした場合、次のようなことが言えると考えられます。
まず、本件は、我が国の不正競争防止法18条1項が規定している「外国公務員贈賄罪」が適用される可能性があります。この点について朝日新聞の記事は言及していませんが、本件はむしろ我が国の外交公務員贈賄罪の典型ケースとも言える内容となっています。例えば、フィリピン政府高官が接待の相手方という点は、日本における最初の外国公務員贈賄罪有罪事件である「九電工事件」と同一です。また、ビジネスパートナーまたは密接利害関係人との間での「内紛」が事件化の一つの契機であるという点は、2番目の有罪事件である「PCI事件」と類似した構図になっています。便宜供与(接待)の担当者が日本人である以上、接待地が外国であっても、属人主義(刑法3条)に基づいて日本の外国公務員贈賄罪が適用される(可能性がある)という点もPCI事件と同じです。後は、時効の点と、フィリピン娯楽賭博公社の「顧問」が外国公務員にあたると言えるかといった点が問題となるでしょう。
次に、九電工・PCI事件と大きく異なるのは、FBIが捜査に乗り出しており、アメリカのFCPA(連邦海外腐敗行為防止法)の適用可能性があるという点です。事件の端緒となったウィン・リゾーツ社の調査報告書はFBI長官を務めた大物ルイス・J・フリー氏が率いるファームによって作成されているとのこと。FCPAで摘発された場合、日本の外国公務員贈賄罪との重畳適用という問題が発生するでしょう。
また、フィリピン議会の公聴会で本件が取り上げられ関係者が聴取されているという点は、インドネシアでの鉄道事業に関して同国の刑事裁判で接待相手が審理を受けていた住友商事の案件と類似性があります。住友商事事件は不起訴処分を勝ち取りましたが、本件はどうなるでしょうか。引き続き事件の推移を注視していきたいと思います。
いずれにしても、日米のエンターテインメント関係企業間でカジノビジネスを巡って紛争が生じており、その過程でFCPAまたは不正競争防止法の外国公務員贈賄罪の疑惑が報じられるに至ったということだと考えられます。
UE社は既に、ウィン・リゾーツ社会長のウィン氏を名誉毀損でフィリピン検察に告訴したり、一連の「疑惑」を報道したロイターを名誉・信用毀損で訴えたりしていますが、本日の朝日新聞記事についてはまだ正式なコメントを出していないようです。迅速かつ適切なメディア対応も含めて、UE社としては、外国公務員贈賄罪に特有のリスク対策を取ることが喫緊の課題になったと言えるでしょう。