「コンプライアンス・クーデター」

今回の日産ゴーン会長事件では、2018/11/19夜に行われた西川社長の記者会見において、ジャーナリストが「クーデターのようなことが起きたと見られるが」と質問したところ、西川社長が「クーデターではない」と答えたと伝えられています。

今回の事件は果たしてクーデターと言うべきでしょうか。

ポイントは、今回の事件が「コンプライアンス」違反を契機としたものだったということです。

政治の世界では、コンプライアンス違反を口実とし、「反腐敗」の錦の御旗を掲げて政敵を倒す動きは、2010年代に入って大きな広がりを見せてきました。

二つのパターンがあります。例えば中国の習近平政権による権力基盤の確立過程で多くの政敵が失脚したのは「腐敗」摘発の名目でした。ベトナムでもサウジアラビアでも同様です。これらは既に権力を有している側による実力行使であり、非合法的に権力を奪取する実力行使措置としての「クーデター」とは意味合いが異なります。つまり綱紀粛正(purge)です。

これに対してタイ軍事政権がインラック首相を追い落とした2014年の政変はまさに軍事力を発動して政権を崩壊させるという、本来的な意味でのクーデター(coup d’État)でしたが、ここでも錦の御旗は「反腐敗」だったのです(クーデターで戒厳令を発動した陸軍総司令官は、「これはクーデターではない」と言っていました)。

確かに、コンプライアンスは本来的には「法令遵守」を指していますので、非合法的に権力を奪取する実力行使措置である「クーデター」が帯びる違法性の意味合いとは両立しない側面があります。その意味で「コンプラ・クーデター」は、クーデターであって、クーデターでないと言うべきでしょうか。

しかし、現代では「コンプライアンス」を大義に掲げた腐敗摘発の動き(反腐敗)は、最強の錦の御旗(法令遵守)を掲げられることになるがゆえに、しばしば権力闘争における(権力維持ないし奪取の)手段として用いられます。

それは、国政をめぐる権力闘争だけではなく、ビジネスも無縁ではないと言えると思います。そういえば、ソフトバンクでのニケーシュ氏の退任劇もありましたね。あの一連の経緯を「追放」の観点から評価すると、コンプラ・クーデターの側面を否定できないように思いますが、いかがでしょうか。

今回の日産ゴーン事件が、「コンプライアンスを手段とした追放劇(クーデター)」と言えるかどうか、大きな問題だと言えそうです。

(なお、この発言は個人的見解を表明したものであり、筆者の属する組織の公的見解を代表するものではありません)

 

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