今朝の日経

今朝(2018/7/21)の日経朝刊社会面に、今回の事件に関する拙コメントが載りました。

海外贈賄に関する著書のある経営倫理実践研究センターの北島純・主任研究員は「米司法省は近年、企業犯罪捜査で法人を免責して幹部ら個人の刑事責任を追及する方法が、真相究明と再発防止に有効と位置づけている」と指摘。「今回の事件も米国のスタンダードに沿った捜査だ」と話す。

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO33220940Q8A720C1CC1000/

取材で申し上げたのは、「今回の摘発・司法取引は、腐敗防止・外国公務員贈賄摘発の国際潮流から見れば、スタンダードなものであり(トカゲの尻尾切りという批判は、その気持ちは分かるが、的外れでもある)、米国でもそういった捜査プログラムが動いているよ」というものでしたが、概ねうまくまとめて頂いたような感がします。

それにしても、今回の司法取引に関する報道は、読売新聞のスクープから始まった訳ですが、日経はその後の追い上げがすごいですね(ちなみに、個人情報保護からEPAに至るまで、ここ1〜2週間の日経記事は爆発的な勢いを感じます)。

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三菱日立パワーシステムズ外国公務員贈賄罪事件で3人を起訴、法人は不起訴

本日(2018/7/20)、東京地検特捜部が三菱日立パワーシステムズ(MHPS)の役員・社員ら3人を在宅起訴、法人は不起訴(起訴猶予)になりました。我が国で初めて「司法取引」(合意制度)が適用された事件が、今回のタイ南部カノム発電所事業にかかわる外国公務員贈賄罪事件になった訳です。

起訴された3人は、

  1. 元取締役常務執行役員兼エンジニアリング本部長 U氏(64)
  2. 元執行役員兼調達総括部長 N氏(62)
  3. 元調達総括部ロジスティクス部長 T氏(56)

つまり、本社サイドのプロジェクト責任者・調達責任者のラインが立件され、タイで贈賄工作を実施した担当社員の起訴は見送られた模様です。

これまでの報道では、MHPSが払った賄賂は「約6000万円」ということでしたが、起訴ではそのうちタイ運輸省港湾局支局長に現地の輸送業者を通じて支払われたことが裏付けられた「約3900万円」分が賄賂額として認定されたということです。

起訴を受けて、MHPSがプレスリリースを発表しています。

https://www.mhps.com/jp/news/20180720.html

 

不正競争防止法違反による当社元役員および元社員の起訴について

2018年7月20日発行 第221号
過日より一部報道にあります当社(三菱日立パワーシステムズ(株):MHPS)関係者によるタイ公務員に対する贈賄疑惑に関し、本日、当社の元役員2名(元取締役常務執行役員エンジニアリング本部長、元執行役員調達総括部長)および元ロジスティクス部長1名が、不正競争防止法違反(外国公務員への贈賄)容疑で起訴されたとの情報に接しましたので、下記の通りお知らせいたします。当社では以前から法令遵守のための諸施策を講じてまいりましたが、今回、このような事態に至りましたことは誠に遺憾であり、お客様をはじめ、皆さまに多大なご迷惑とご心配をお掛けしておりますことについて深くお詫び申し上げます。当社では、今回の事態を厳粛に受け止め、今後、役員・社員一同、さらなるコンプライアンスの徹底をはかるとともに、再発防止と信頼回復に努めてまいります。

1.事案の概要
タイ王国ナコンシタマラート県カノム郡において当社が請け負っていた火力発電所の建設工事をめぐり、2015年2月、当社が建設資材の海上輸送を依頼していた物流業者の下請け輸送業者が、発電所の建設現場近くに設置された桟橋に資材を荷揚げしようとしたところ、地元港湾当局の公務員と思われる人物を含む地元関係者らにより桟橋を封鎖された上、2,000万バーツの金銭を支払うよう要求された旨、当社の資材運輸部門の担当者に連絡がありました。
当社が依頼していた物流業者が、桟橋使用許認可取得手続きを適切に実施していなかったという予期せぬ事象により封鎖されたものであり、これにより資材の荷揚げが遅れた場合、発電所の建設遅延が発生し、当社が多額の遅延損害金等を支払う義務が生じることが見込まれたことから、これを回避する目的で、当社関係者は、要求に応じるべく2,000万バーツを輸送業者に交付し、桟橋の封鎖を解除させました。
なお、実際に、輸送業者により2,000万バーツが公務員等に交付されたかまでは当社では確認していません。
これらの一連の経緯に、当時の当社関係者が関与し、同国の建設業者へ架空工事を追加発注することにより、2,000万バーツが捻出されました。
2.事案発覚後の当社の対応
2015年3月、当社は内部通報によりタイでの公務員への不正な金銭の支払いの疑いについて把握しました。当社は直ちに社内調査に着手した上で、同月、さらに詳細な調査を実施するため、外部の法律事務所に依頼し、弁護士らによる関係者へのヒヤリングや関係資料の収集等を行いました。その結果、法令違反が疑われたことから、同年6月、東京地方検察庁に報告書を提出しました。
3.協議・合意制度への対応
当社が違反事実を報告したのは、協議・合意制度のない2015年でありますが、当社は、その後約3年間にわたり、東京地方検察庁による本件の捜査に全面的に協力してきました。このような姿勢を検察当局からは評価いただき、本年6月、協議・合意制度の本件への適用についてご提案がありました。
当社は、協議・合意制度を適用しなかったとしても、今回起訴された3名の処分は変わらないとの理解の下、本件の全容解明への協力が必要と考え、協議・合意制度に基づき検察官と合意しました。
当社としては、今回、協議・合意制度に応じたことについては、不正行為に関与していない多くの社員を含め、当社のステークホルダーの利益を守るために必要かつ合理的な判断であったと考えています。
4.再発防止策
上記2.項に記載の社内調査の結果、当社におけるコンプライアンスのさらなる徹底およびコンプライアンスチェック機能のさらなる強化により再発防止を図る必要があると判断したことから、現在、以下の施策を推進しています。
贈賄防止に関し経営トップによるメッセージ発信
投書窓口の通報手段の多様化(ウェブ窓口、フリーダイヤル窓口の追加)
受注前・受注後の贈賄リスクチェックの徹底
海外建設現地における出金に関する監査強化
管理職全員からコンプライアンス誓約書の再取得
外部講師等による贈賄防止教育の実施
5.処分
不正な金銭の支払いに関与した当時の関係者について、2016年2月に社内処分を実施したほか、経営の責任を明確化するため、2015年2月当時の社長、営業担当役員、コンプライアンス担当役員は、以下の通り報酬を返上しています。
社長 : 報酬の30%を3か月返上
副社長(営業担当役員): 報酬の20%を3か月返上
営業戦略本部長(営業担当役員): 報酬の20%を3か月返上
経営総括部長(コンプライアンス担当役員): 報酬の10%を3か月返上

これまで報道されていなかった「桟橋の封鎖」の原因が「当社が依頼していた物流業者が、桟橋使用許認可取得手続きを適切に実施していなかった」こと、そして、それが会社として「予期せぬ事象」であったこと、「実際に、輸送業者により2,000万バーツが公務員等に交付されたかまでは当社では確認」していなかったという、第三者を通じた外国公務員贈賄罪(典型ケース)での認識可能性の問題、端緒が「内部通報」であったこと等、正直に会社側事情が記載されています。また、再発防止策と並んで、社長報酬30%減額3ヶ月等の社内処分の内容も説明しており、用意周到であるが、誠実な印象を与えています。

こうした外国公務員贈賄罪事件におけるプレスリリースとしては、適切なものであると評価できるのではないでしょうか。

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三菱日立パワーシステムズ(MHPS)、タイでの外国公務員贈賄罪事件で日本初の司法取引へ

今朝(2018/7/14)の読売新聞が、「初の司法取引、海外贈賄」というスクープを放っています。読売新聞の記事によれば、

  1. タイの発電所建設事業で三菱日立パワーシステムズ(MHPS)の担当社員が、資材を陸揚げする際に「桟橋の使用料」名目で現地の公務員から賄賂を要求され、2015年2月、約6000万円を支払った。
  2. 会社(MHPS)は内部告発で不正を把握。2015年、東京地検特捜部に自主申告した。
  3. 東京地検特捜部とMHPSは2018年6月、司法取引の協議を開始。合意内容書面双方に署名。
  4. 東京地検特捜部は、贈賄を行なった担当社員らの刑事責任を追求する一方で、MHPSの法人起訴は見送る見通し。

とのことです。

https://www.yomiuri.co.jp/national/20180714-OYT1T50005.html

 

外国公務員贈賄罪の摘発としては、2011年の住友商事インドネシア事件(送検済)を含めると6件目(起訴案件としては5件目)、そして、刑事訴訟法改正によって導入され、この6月から施行されている「司法取引」(合意制度:刑訴法350条の2〜28等)が適用される案件としては我が国初の事例ということになります。

MHPSといえば、三菱重工と日立製作所の火力電力部門が統合して出来た合弁会社。火力発電事業の分野では我が国を代表する企業ですが、南アフリカ政権与党のフロント企業に対する利益供与がFCPAに違反するとして2015/9/28、日立製作所がSEC(米国証券取引委員会)との間で1900万ドル(約23億円)の制裁金を払う合意を交わした事件が記憶に新しいところです。今回のタイ事業はもともと2013年に三菱重工が受注したものとはいえ、同じ発電所事業でSECの捜査に対応していたであろう2015年にタイで贈賄工作を行なっていたとは、なんとも深刻な事態だったと言えるでしょう。

今回の司法取引が、社員の個人責任追求に企業として協力し、その代わりに法人責任を免責してもらえるというものであるとすれば、「企業トップらによる不正を部下らに供述させ、組織ぐるみの犯罪を摘発することが想定されている」制度の「趣旨に反するようにみえる」という読売新聞の解説(社会部板倉拓也記者)はなるほど鋭い指摘だと思えます。

この点について、外国公務員贈賄罪の観点から言うと、今回の事件処理は、米国で2015年9月に公表された「イェーツ・メモ」(Individual Accountability for Corporate Wrongdoing)に親近性を持つ側面があると言えます。イェーツ・メモは、今となっては既に懐かしい元DOJ司法長官補のSally Quillian Yates氏の名前で公表されたFCPAの捜査指針。外国公務員贈賄における企業役職員の「個人責任」追求を重視した捜査を行い、企業が捜査に協力し、個人責任の特定に貢献すれば、企業に対する量刑を減免したり、あるいは訴追を免除したりするというものです(ちなみにサリー氏はその後トランプ大統領によって更迭され、「イェーツ・メモ」はサリー氏が残した置き土産になりました)。

2016年5月24日に成立した改正刑訴法は、合意制度(司法取引)のみならず、取調可視化、刑事免責、通信傍受等の導入・改正を含んでいますが、我が国の刑事処分手続の今後を大きく変えると期待されていたものです。その中の目玉政策である「司法取引」が、「法人免責・個人追求」の類型で、しかも「外国公務員贈賄罪」の事件でスタートするということに大きな注目が集まりそうです。

 

 

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