国連(人権理事会)のプライバシー権に関する特別報告者(Special Rapporteur on the right of privacy)ジョセフ・ケナタッチ氏(Joseph A. Cannataci マルタ大学)の公開書簡が、国連人権高等弁務官事務所のサイトにPDFファイルとして公開されていましたので、一読してみました。
http://ohchr.org/Documents/Issues/Privacy/OL_JPN.pdf
以下は、その記述の一部です。
Further to this amendment, 277 new types of crime would be added through the “Appendix 4”. Concerns were raised that such an important part of the law is part of an attachment to the law since it makes it much harder for citizens and experts to understand the actual scope of the provision.
ケナタッチ氏によれば、「277個の新しい犯罪が別表4で加えられるが、懸念されるのは、そのような重要箇所が法律の付属部分(attachment)であり、市民と専門家が法文の実際の対象(範囲)を理解することがより困難になってしまうことだ」とのことです。
確かに、今回のテロ等準備罪法案は「別表方式」を採用しています。しかし、本文にずらずらと書くのではなく、表形式で対象犯罪を具体的に列挙しているので、むしろ、テロ等準備罪が適用される実際の範囲を理解することが容易になっているとも言えます。
もしこれが、「別表」ではなくて「本文」に列挙しろというのであれば、今回の法案が、「別表3」と「別表4」という二重構造をあえて採用している(別表3が組織的犯罪集団の目的規定、別表4がテロ等準備罪の成立する対象犯罪の列挙で、両者は微妙に異なる)ことの意味を理解していないのではないかという疑念が湧きます。仮に別表方式を採用しないで、本文ベタ打ちでそのような二重構造を表現するとしたら、そのほうがよほど分かりにくくなると思われます。
また、「277個の新しい犯罪が別表4で加えられる」というのも、誤解を招く表現です。TOC条約が要求している基準(長期四年以上の自由剥奪刑又はこれより重い刑を科すことができる犯罪)に照らすと600個以上あると考えられる対象犯罪候補を、組織的犯罪集団が関与するものに限定して、277個まで「絞り込んだ」というのが正確な理解ではないでしょうか。
Reportedly, the government alleged that the targets of investigations to be pursued because of the new bill would be restricted to crimes in which an “organized crime group including the terrorism group” is realistically expected to be involved. Yet, the definition of what an “organized criminal group” is vague and not clearly limited to terrorist organizations.
ケナタッチ氏はまた、「政府は「テロリズム集団を含む組織的犯罪集団」が現実に関与すると予期される犯罪に捜査対象が限定される旨を主張している。しかし、「組織的犯罪集団」が何かという定義は曖昧であり、テロリズム集団に明確に限定されていない」と言っています。
指摘するまでもありませんが、テロリズム集団は組織的犯罪集団の「例示の一つ」であることは、ケナタッチ氏自身、「含む(including)」という表現を用いている通りです。文言からも立法趣旨からも、「テロリズム集団に明確に限定されていない」のは当たり前というしかありません。
It was further stressed that authorities when questioned on the broad scope of application of the new norm indicated that the new bill requires not only “planning” to conduct the activities listed but also taking “preparatory actions” to trigger investigations. Nevertheless, there is no sufficient clarification on the specific definition of “plan” and “preparatory actions” are too vague to clarify the scope of the proscribed conducts.
ケナタッチ氏はさらに、「法案の適用範囲が広範であることについて疑問が呈されると、捜査を始める条件として、リスト記載の行為を実行する「計画」のみならず、「準備行為」が行われることを法案が要求している旨の政府の指摘が強調されている。しかし、「計画」の具体的な定義について十分な明確化はなく、また「準備行為」も禁止行為の範囲を明確化するにはあまりにも曖昧だ」とも言っています。
テロ等準備罪法案は、「二人以上で計画した者は、その計画をした者のいずれかによりその計画に基づき資金又は物品の手配、関係場所の下見その他の計画をした犯罪を実行するための準備行為」と規定しており、「資金・物品の手配・関係場所の下見」という例を具体的に明文で規定しています。
「それでは不十分だよ」と言われれば、それをむげに否定はできませんが、果たして「準備行為」の内容を法文で今以上に詳しく説明することが必要かという疑問も生じます。
また、「計画」とは、テロ等準備罪の対象となる犯罪を計画するということですから、それぞれの対象犯罪によって内容が当然に異なる訳で、各対象犯罪の構成要件としてその内容が明記されており、かつ、その解釈についても学説や裁判例等の蓄積が多かれ少なかれ存在しているのであれば、テロ等準備罪法案自体に「計画」の行為態様等を詳細に書く必要はないように思えますが、いかがでしょうか。
ちなみに、マルタ共和国刑法48A条は、「共謀罪」について、
The conspiracy referred to in subarticle (1) shall subsist from the moment in which any mode of action whatsoever is planned or agreed upon between such persons.
と規定しています(CRIMINAL CODE, 48A.(2))。
出典:マルタ共和国司法・文化・地方政府省(Ministry for Justice, Culture and Local Government)公式サイトhttp://www.justiceservices.gov.mt/DownloadDocument.aspx?app=lom&itemid=8574&l=1
つまり、どのような態様の行為であれ、複数の者の間で計画または合意された時から共謀が成立すると規定しているだけで、「計画」または「合意」という文言について、具体的な定義は一切ありません。報道にかかわる犯罪(the Press Act)が対象外ということは条文(48A.(1))で明記されていますが、計画や合意についての明確な定義を見出すことは出来ません。
「先ず隗より始めよ」はマルタ語で、”Kulmin jissuġġerixxu għandha tibda.”と言うらしいです。
ケナタッチ氏は、これ以外にも、プライバシー侵害の懸念等をいろいろと書いていますが、それ自体は刑事実体法というより法執行の運用によるところ大なので、ここでは言及しません。いずれにしても、公平中立の立場からの専門家の文章として読むと、幾つか疑問が湧いてくる箇所がある内容と言えるかもしれません。
以上、ケナタッチ氏の書簡の一部に対する私的な感想でした。