住友商事・インドネシア外国公務員贈賄事件の疑惑が浮上(朝日新聞)

今朝の朝日新聞(2011年11月27日)朝刊社会面(39頁)は、「インドネシアから受注した鉄道事業をめぐって、住友商事に外国公務員贈賄罪の疑いがあるとして警視庁が捜査している」と報じています。社会面のトップ記事です。その一部は、ウェブ上でも見ることができます。

朝日新聞の記事によると、

  • 2011年3月に、インドネシア運輸省のスミノ・エコ・サプトロ元鉄道局長(64)が反汚職委員会(KPK)によって逮捕された。
  • 中古の鉄道車両を日本からインドネシアに輸入する際の費用を「水増し」して国庫に損害を与えたというのが、サプトロ元局長の容疑(被疑)事実。
  • サプトロ元局長は、裁判で禁錮5年を求刑されている。
  • 住友商事の現地社員がこのサプトロ元局長が来日した際に、茨城県石岡市でゴルフ接待をしている(2006年8月10日)。
  • 住友商事の現地社員はKPKによって事情聴取されており、住友商事は不正利益1600万円の返還を求められている。
  • 警視庁は、外国公務員への賄賂を禁じた不正競争防止法の疑いもあるとみて、現地当局と連携して捜査している。

とのことです。

この朝日新聞の記事が真実であるとした場合、次のようなことが言えると考えられます。

まず、この事件は、インドネシアの政府高官が「汚職」によってインドネシア国内で逮捕・起訴されたことがきっかけとなっています(この場合の「汚職」とは、収賄(賄賂を受け取ること)に限らず、背任等によって国家に損害を与えた場合も含む、広義の「汚職」だと考えられます)。

その意味では、外国公務員贈賄罪の相手方(フィリピン政府高官)が病気で死亡していた「九電工事件」(2007年)と類似性があります。相手方の外国公務員が「失脚」または「死亡」していることによって、その外国において影響力が削がれていることに加えて、外国政府の積極的な捜査情報提供が想定されるからです。今回は、インドネシア国内の刑事裁判の過程で 「住友商事とインドネシア運輸省幹部との癒着」(朝日新聞)が明らかになったとされています。

次に、「住友商事の現地社員らによって茨木県石岡市で元局長にゴルフ接待が行われた」という事実と「住友商事に外国公務員贈賄罪の疑いがある」という報道の関係性についてですが、これは慎重な読み方が必要です。

これだけを読むと、「そうか、日本国内でインドネシア政府高官をゴルフ接待したことが、外国公務員贈賄罪に問われるのだな」と思いがちですが、必ずしもそうとは言えません。

確かに、外国公務員贈賄罪の贈賄行為が日本国内で行われている場合は、属地主義(刑法1条)の原則に従って、その現地社員がインドネシア国籍であろうと日本国籍であろうと関係なしに、誰であっても贈賄行為の主体になります。

しかし、本件で問題となるのは、ゴルフ接待が「賄賂」と言えるのかという点と、「時効」にかかっていないかという点です。

第一に「賄賂」については、元防衛省事務次官に対するゴルフ接待が「賄賂」と認定された確定裁判例がありますが、尋常ならざる回数のゴルフ接待と、外国人が来日した際の1回ないし数回限りのゴルフ接待を同等に評価することはできません。 九電工事件では、同じようにゴルフ接待が行われましたが、賄賂として認定されたのはゴルフセット(クラブとシューズ)という物品の提供もあったからでした。したがって、今回のインドネシアの元運輸省局長に対する1回ないし数回のゴルフ接待それだけをとらえて、外国公務員贈賄罪における「賄賂」とみなすことは難しいように思えます。

もちろん、不正競争防止法18条の「金銭その他の利益」の解釈上、そのような限界があらかじめ要求されている訳ではないことに注意が必要です。しかし、1日ないし数日限りのゴルフ接待の費用がそれほど高額に及ぶとは考えられず、これだけを切り出して賄賂と見なすにはムリがあるように思えます。この点について朝日新聞は、「元局長へのキックバック」の有無を調べる為にインドネシアKPKが住友商事の現地社員を事情聴取しようとしたとも報じており、日本でのゴルフ接待以外に、キックバックという直接的な利益供与があったのではないかという疑惑についてそれとなく言及しています。つまり、茨城県でのゴルフ接待は証拠の固い、いわば「フラグ」であり、本丸は別にあるという構図が推察されます。

第二に、外国公務員贈賄の時効は5年です。ゴルフ接待が2006年8月10日に行われたのであるならば、この接待に対して外国公務員贈賄罪を適用することは出来ません。今日現在すでに5年が経過しており、公訴時効が成立しているからです(刑訴法250条2項5号)。このことからも、ゴルフ接待が今回の疑惑の核心ではないということが推定されます。

では、核心は何でしょうか。本丸はどこにあるのでしょうか。その全貌は現時点で定かではありませんが、引き続き、事件の進展を注視していきたいと思います。
いずれにしても、今回の住友商事・インドネシア事件は、「外国公務員贈賄罪の疑惑が報道された」という点では、三井物産・中国贈賄事件、三井物産・モンゴルODA事件、ブリヂストン・マリンホース事件、西松建設・バンコク事件、山田洋行事件に次ぐ、6番目のケースということになります。

現在、外国公務員贈賄防止条約の実施状況をチェックするOECDのワーキングチームによる3回目の審査と評価が世界中で行われているところです。我が国では、1回目の審査で「日本は外国公務員贈賄罪をぜんぜん摘発していないじゃないか!」と叱りつけられた直後に「九電工事件」が摘発され、2回目の審査で「まだまだ不十分だ!」と怒られた直後に「PCI事件」が摘発されました。『解説 外国公務員贈賄罪』(中央経済社)では「3回目の審査がなされると、摘発リスクが高まる」と書きました。実際のところ、この年末年始に何らかの動きがあるだろうと予測していました。まさにこのタイミングで、住友商事・インドネシア事件の疑惑が浮上してきた訳です。住友商事としては、外国公務員贈賄罪に特有のリスク対策を取ることが喫緊の課題になったと言えるでしょう。

asahi

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