ビジネス法務10月号「中国における贈収賄罪の構造と日本企業のリスク対策」

『ビジネス法務』2012年10月号(中央経済社)に「中国における贈収賄罪の構造と日本企業のリスク対策」という論文を掲載して頂きました。

これは、中国の「国内贈収賄」について分析した論文で、中国の外国公務員贈賄罪を理解する前提として国内賄賂犯の基礎知識を整理したものです。

中国の国内贈収賄は、刑法と反不正競争法によって規律されていますが、日本法とは異なる意味で「法人犯罪」が認められていることや、私人間の贈収賄(民民賄賂)も広範に規制されていることもあって、整理がなかなか容易ではない分野だと思います。

そこで、そうした中国の国内贈収賄について、日本企業にとってのリスク対策をどう考えればよいかという観点から、分析を加えてみました。執筆にあたっては中国に進出している日系企業の法務担当者・リスク担当者の方々から貴重な体験談をお聞かせいただきました(なお、本論文における意見にわたる部分は筆者の個人的な見解です)。ありがとうございました。

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インドネシアの「KPK」について

住友商事インドネシア外国公務員贈賄疑惑事件ですが、インドネシア運輸省のスミノ・エコ・サプトロ局長は、インドネシアの汚職撲滅法2条1項及び3条違反の疑いでKPKによって逮捕されました。

KPKとは、インドネシアの「汚職撲滅委員会」という組織です。
今回は、このKPKについて、簡単に解説したいと思います。KPKの公式サイトはココです。

http://www.kpk.go.id/

KPKは2003年、当時のメガワティ大統領の強い意向で設置されました。インドネシアの汚職に対して国家警察と検察による対応だけでは不十分だということで、大統領直轄の汚職捜査機関として設立されたのです。

その設置の根拠となった法律は、2002年制定の「汚職犯罪撲滅のための組織設置法」(UU RI No. 30/2002 COMMISSION FOR THE ERADICATION OF CRIMINAL ACTS OF CORRUPTION)というものです。

KPKは同法2条で、「汚職撲滅委員会」(the Commission for the Eradication of Corruption)という名称を与えられています。インドネシア語の原語は「Komisi Pemberantasan Korupsi」。それゆえ略称が「KPK」となっている訳です。

さて、汚職に関して新たな組織を設置するとなると、既存の国家警察や検察との権限(管轄)の分配・調整が問題となる訳ですが、同法は、新設するKPKに次のような権限を付与しています。
KPKの基本的な機能は、汚職案件に関する捜査・起訴・訴訟追行の「調整機能」ですが、警察・検察が手掛けている汚職案件を(むりやり)引き継くことができ、また、政府高官や法執行機関の職員(警察官や検察官)が絡んだ汚職案件や、公共の関心事項である汚職案件、あるいは10億ルピー以上の国家損失を招来する汚職案件については、捜査・起訴・訴訟追行権を直接行使できます。

その独立捜査権の為にKPKに認められている武器が、「盗聴」、被疑者の「海外渡航禁止命令」・「停職命令」、「金融機関に対する情報開示請求権と口座凍結命令」や「財産・税務情報の収集権」等です(12条)。

なお、その他、汚職の防止策や監視もKPKの任務とされています。

このように、法律上は強大な権限を認められているKPKですが、実際は、政治的な思惑で力を発揮できていないという評価がもっぱらのようです。

この辺りの事情については、また次の機会に(機会があれば)
お読みいただきまして、ありがとうございました。

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映画 『チョイス』

続いて、ケビン・コスナー主演の『チョイス!』(SWING VOTE)です。
2008年の映画ですが、日本では残念ながら劇場未公開。DVDが発売されています。

ケビン・コスナー。

この『チョイス』は、アメリカの大統領選挙を描いたコメディ映画です。

ニューメキシコ州の小さな町「テキシコ」に住む父子が主人公で、ケビン・コスナー演ずる父親は鶏卵工場で働く労働者。酒に溺れてだらしない毎日を送っています。小学生の娘モリーは、父親思いの優しい女の子ですが、まるっきり政治に関心のない父親とは違って、政治に対する熱い情熱を持っています。

大統領選挙の投票日。モリーは「絶対に投票に行ってね」と父に念を押して、投票所で待ち合わせすることを約束します。しかし、ケビン・コスナーは酒に酔って寝過ごしてしまいました。モリーは、せっかくの一票をムダにはできないと思い、こっそり父親の名義で投票しようとします。ニューメキシコ州は電子投票制。眠りこけている投票所のスタッフに気付かれないように、モリーはそっと投票用の機械を操作します。しかし、その時、掃除のおばさんがうっかり電源コードに足を引っかけて、機械の電源が落ちてしまいました。ケビン・コスナーの「投票」がどの候補に入るものだったか不明なまま、エラーになってしまったのです。

翌日の開票結果は驚愕するものでした。

なんと現職大統領と対立候補の票数が「同数」。

しかも、両候補者は全米で拮抗しており、ニューメキシコの代議員をどっちが取るかで大統領当選が決まるというのです。

さっそく、州の司法長官がケビン・コスナーの家にやってきて、再投票を依頼します。ケビン・コスナーはまさか自分の娘が投票しようとしていたとは言えず、「いいよ」と応じますが、家から一歩出ようとして腰を抜かします。全米、いや世界中のメディアが家の前に集結していたからです。

こうして、次期アメリカ大統領が誰になるかは、ケビン・コスナー1人の判断に委ねられることになりました。

直接民主政

渦中の人になったケビン・コスナーを、両陣営はあの手この手で籠絡しようとします。接待漬けになるケビン・コスナー。彼の「だめっぷり」演技は、『ポストマン』以来の筋金入りといってもいいほど高度な演技です。

やがて、ケビン・コスナーも次第に「自分の手で大統領を選ぶ」ということの重みをひしひしと感じるようになってきます。直接民主政を採用している国では、理論的に、有権者は誰しも大統領や首相を自分の一票で決めることができます。しかし普通は、数万、数十万票の中の一票だと思うと、なかなかそういった原理的な「価値」を実感することは出来ません。ケビン・コスナーは、「自分の1票が帰趨を決める」状態、つまり直接民主制の極限状態のような状況におののきます。

そして、驚いたことに、耳を傾け始めるのです。

最初は愛する娘の声に。そして、全米から寄せられた人々の声に。

耳を傾けるということが政治である。少なくとも、政治の本質の一端を表している、ということを改めて教えてくれる映画だったと思います。

ありがとう、ケビン・コスナー。

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住友商事・インドネシア外国公務員贈賄事件の疑惑が浮上(朝日新聞)

今朝の朝日新聞(2011年11月27日)朝刊社会面(39頁)は、「インドネシアから受注した鉄道事業をめぐって、住友商事に外国公務員贈賄罪の疑いがあるとして警視庁が捜査している」と報じています。社会面のトップ記事です。その一部は、ウェブ上でも見ることができます。

朝日新聞の記事によると、

  • 2011年3月に、インドネシア運輸省のスミノ・エコ・サプトロ元鉄道局長(64)が反汚職委員会(KPK)によって逮捕された。
  • 中古の鉄道車両を日本からインドネシアに輸入する際の費用を「水増し」して国庫に損害を与えたというのが、サプトロ元局長の容疑(被疑)事実。
  • サプトロ元局長は、裁判で禁錮5年を求刑されている。
  • 住友商事の現地社員がこのサプトロ元局長が来日した際に、茨城県石岡市でゴルフ接待をしている(2006年8月10日)。
  • 住友商事の現地社員はKPKによって事情聴取されており、住友商事は不正利益1600万円の返還を求められている。
  • 警視庁は、外国公務員への賄賂を禁じた不正競争防止法の疑いもあるとみて、現地当局と連携して捜査している。

とのことです。

この朝日新聞の記事が真実であるとした場合、次のようなことが言えると考えられます。

まず、この事件は、インドネシアの政府高官が「汚職」によってインドネシア国内で逮捕・起訴されたことがきっかけとなっています(この場合の「汚職」とは、収賄(賄賂を受け取ること)に限らず、背任等によって国家に損害を与えた場合も含む、広義の「汚職」だと考えられます)。

その意味では、外国公務員贈賄罪の相手方(フィリピン政府高官)が病気で死亡していた「九電工事件」(2007年)と類似性があります。相手方の外国公務員が「失脚」または「死亡」していることによって、その外国において影響力が削がれていることに加えて、外国政府の積極的な捜査情報提供が想定されるからです。今回は、インドネシア国内の刑事裁判の過程で 「住友商事とインドネシア運輸省幹部との癒着」(朝日新聞)が明らかになったとされています。

次に、「住友商事の現地社員らによって茨木県石岡市で元局長にゴルフ接待が行われた」という事実と「住友商事に外国公務員贈賄罪の疑いがある」という報道の関係性についてですが、これは慎重な読み方が必要です。

これだけを読むと、「そうか、日本国内でインドネシア政府高官をゴルフ接待したことが、外国公務員贈賄罪に問われるのだな」と思いがちですが、必ずしもそうとは言えません。

確かに、外国公務員贈賄罪の贈賄行為が日本国内で行われている場合は、属地主義(刑法1条)の原則に従って、その現地社員がインドネシア国籍であろうと日本国籍であろうと関係なしに、誰であっても贈賄行為の主体になります。

しかし、本件で問題となるのは、ゴルフ接待が「賄賂」と言えるのかという点と、「時効」にかかっていないかという点です。

第一に「賄賂」については、元防衛省事務次官に対するゴルフ接待が「賄賂」と認定された確定裁判例がありますが、尋常ならざる回数のゴルフ接待と、外国人が来日した際の1回ないし数回限りのゴルフ接待を同等に評価することはできません。 九電工事件では、同じようにゴルフ接待が行われましたが、賄賂として認定されたのはゴルフセット(クラブとシューズ)という物品の提供もあったからでした。したがって、今回のインドネシアの元運輸省局長に対する1回ないし数回のゴルフ接待それだけをとらえて、外国公務員贈賄罪における「賄賂」とみなすことは難しいように思えます。

もちろん、不正競争防止法18条の「金銭その他の利益」の解釈上、そのような限界があらかじめ要求されている訳ではないことに注意が必要です。しかし、1日ないし数日限りのゴルフ接待の費用がそれほど高額に及ぶとは考えられず、これだけを切り出して賄賂と見なすにはムリがあるように思えます。この点について朝日新聞は、「元局長へのキックバック」の有無を調べる為にインドネシアKPKが住友商事の現地社員を事情聴取しようとしたとも報じており、日本でのゴルフ接待以外に、キックバックという直接的な利益供与があったのではないかという疑惑についてそれとなく言及しています。つまり、茨城県でのゴルフ接待は証拠の固い、いわば「フラグ」であり、本丸は別にあるという構図が推察されます。

第二に、外国公務員贈賄の時効は5年です。ゴルフ接待が2006年8月10日に行われたのであるならば、この接待に対して外国公務員贈賄罪を適用することは出来ません。今日現在すでに5年が経過しており、公訴時効が成立しているからです(刑訴法250条2項5号)。このことからも、ゴルフ接待が今回の疑惑の核心ではないということが推定されます。

では、核心は何でしょうか。本丸はどこにあるのでしょうか。その全貌は現時点で定かではありませんが、引き続き、事件の進展を注視していきたいと思います。
いずれにしても、今回の住友商事・インドネシア事件は、「外国公務員贈賄罪の疑惑が報道された」という点では、三井物産・中国贈賄事件、三井物産・モンゴルODA事件、ブリヂストン・マリンホース事件、西松建設・バンコク事件、山田洋行事件に次ぐ、6番目のケースということになります。

現在、外国公務員贈賄防止条約の実施状況をチェックするOECDのワーキングチームによる3回目の審査と評価が世界中で行われているところです。我が国では、1回目の審査で「日本は外国公務員贈賄罪をぜんぜん摘発していないじゃないか!」と叱りつけられた直後に「九電工事件」が摘発され、2回目の審査で「まだまだ不十分だ!」と怒られた直後に「PCI事件」が摘発されました。『解説 外国公務員贈賄罪』(中央経済社)では「3回目の審査がなされると、摘発リスクが高まる」と書きました。実際のところ、この年末年始に何らかの動きがあるだろうと予測していました。まさにこのタイミングで、住友商事・インドネシア事件の疑惑が浮上してきた訳です。住友商事としては、外国公務員贈賄罪に特有のリスク対策を取ることが喫緊の課題になったと言えるでしょう。

asahi

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